2011年前後に買った登山装備が、今も現役で。むしろ最新モデルと比較しても性能で負けていない場面がいくつもあるのは、少し不思議な気がする。
答えは単純だった。あの時代は、軽量化と高機能化が激しく交差する一種の特異点だった。環境規制が今ほど厳しくなく、C8という強力な撥水剤を惜しみなく使えたし、ゴアテックスはプロシェルというタフな規格を主力に据えていた。機能美という言葉がまだ新鮮だった頃の、遅すぎる技術レポートを書いてみる。
モンベルのジオライン。ベースレイヤーという考え方そのものを僕に教えてくれた一枚。ランダム異形断面と呼ばれる不規則な溝を持つポリエステル繊維が、毛細管現象で汗を吸い上げる力学。15年経っても型崩れしない安定性は、もはやインフラに近い。銀イオンの制菌効果も、当時の北米ブランドを上回る実力があった。当時の縫製は今のカット導入前だけど、日本人の体型に合わせたフィット感は当時から既に完成されていた。
パタゴニアのR2ジャケット。フリースの歴史でハイロフト時代の絶頂期。ポーラテック・サーマルプロの長い起毛が、圧倒的な暖かさと通気性を両立していた。風が吹けば保温力は激減するから、シェルを重ねるのが前提。でもその潔い設計が、行動中の余剰蒸気を瞬時に逃がしてくれる。サイドパネルにR1を配置するハイブリッド構造は、現代のミドルレイヤーの雛形そのもの。
ナノパフが登場したときの衝撃。化繊インサレーションといえば厚手で嵩張るのが当たり前だった時代に、シャツのような薄さでダウンに匹敵する強さを提供した。採用されていたプリマロフト・ワン。濡れても90%以上の保温性を維持するという、当時の最高峰スペック。ブリック・キルティングは意匠性だけでなく、中綿を安定させる高度な計算に基づいている。岩場での擦れに対する信頼性も、現代の軽量リサイクル素材より高い。
2011年のユニクロのウルトラライトダウン。東レとの共同開発で、本格的な山岳市場を脅かすほどの進化を遂げた年。わずか199gという軽さは、当時の登山専用スペリオダウンに肉薄していた。ダウンパックを廃した2層構造で重量を削ぎ落とす。プロ仕様には及ばないとしても、コストパフォーマンス一点で登山界に強烈なインパクトを与えた。予備の防寒着として、ザックの底に忍ばせておくには十分すぎる。
フーディニのアウトライト・フーディ。2011年前後から存在する定番だが、僕がこれを手に入れたのは2026年、廃番の噂を聞きつけてからのことだ。15年前のR2ジャケットが「静止時の保温」なら、これは「行動中の快適さ」に振り切っている。ポーラテック・パワーストレッチ・プロ・ライトの伸縮性と、表面のナイロンジャージーによる耐摩耗性。15年経って辿り着いた、ミドルレイヤーのもう一つの正解。バルト諸国の丁寧な縫製が、どこか工芸品のような質感を漂わせる。
ザ・ノース・フェイスのクライムライトジャケット。NP11103。当時はまだプロシェル規格が健在だった。マイクログリッドバッカーの裏地が、レイヤリングの滑りを向上させ、メンブレンを物理的に保護する。プロ仕様の質実剛健さ。ヘルメットを想定した高い襟や、ハーネス干渉を防ぐ着丈。現代のタウンユース寄りな設計とは一線を画す、アルパイン志向の強い一着。
モンベルのライトシェルパーカ。ハードシェルとフリースの間を埋める、和製ソフトシェルの金字塔。40デニールのバリスティック・ナイロンに、クリマプラス・メッシュの裏地。このメッシュが湿気を吸い上げ、適度な暖かさを保つ。日本の夏山の早朝や秋山の稜線で、これほど機能するウェアは他になかった。2011年当時から完成されていたこのコンセプトは、今のものよりタフな質感があり、藪漕ぎを厭わない安心感がある。
ストームクルーザーパンツ。日本を代表するレインウェア。2011年モデルは、30デニールのナイロンで藪漕ぎにも耐えうる。13mmという極細のシームテープ。太いほうが信頼性は上がるが、モンベルは細いテープでも防水性を確保しつつ、しなやかさと軽量化を両立させていた。海外ブランドには真似のできない、日本企業の職人芸がそこにある。
2011年と現代を隔てる壁。C8撥水剤の絶対的な優位性。環境規制前の強力な化学の力。プロシェルの剛性という信頼。現代の細分化された規格よりも、物理的な安心感が勝る場面がある。道具は手に入れた瞬間に完成するのではない。一緒に歩き、ボロボロになり、それでも手放せないと感じたとき、物はようやく相棒になる。
適切にメンテナンスを施せば、2011年の遺産と、2026年に滑り込みで手に入れた名品は、これからも確かな信頼を寄せることができる道具であり続けるだろう。化学技術と設計思想が最も情熱的に極限を目指した、あの時代の記録をここに残しておく。
