登山やバックパッキングの世界で、装備の進化が足を止めたことは一度もない。もしあなたが自分と同じように十年前のレインウェアやフリースをまだ現役で使っているタイプなら、今のギアショップに並ぶ製品は、別の時代から届いたオーパーツに見えるかもしれない。
NotebookLMを使ってこの十五年の変遷を整理してみて、改めて愕然とした。2011年のあの革命から、僕らはいったいどこへたどり着いたのか。性能は上がった。重量は消えた。しかし、何かが削ぎ落とされたような、奇妙な喪失感がつきまとう。
これは単なる中年の懐古趣味だろうか。それとも、道具がデバイスへ変質したことに対する、静かな嘆きなのだろうか。
1. ハードシェルの変質:盾から精密機器へ
2011年は、ハードシェルの歴史における記念碑的な年だった。それまで盤石だったGORE-TEX一強の構図に対し、ポーラテック社がNeoShellを投入した。空気を物理的に通すという発想を持ち込み、圧倒的な蒸れにくさを実現してみせた。ゴア社もGORE-TEX Active Shellで応戦し、競争軸はどこまで動いても蒸れないかというスペックの頂に置かれていた。あの時代のクライムライトジャケットは、まさしく最強の盾だった。
ところが2026年の現在、議論の中心はスペック数値ではなく素材の成分に移っている。環境規制の流れにより、従来のフッ素系素材から非フッ素のePE(延伸ポリエチレン)メンブレンへの転換がほぼ完了しつつある。
なるほど、たしかに薄くなったし軽くなった。しかし引き換えにメンテナンスの奴隷になることを求められるようになった。現行のPFASフリー撥水剤は皮脂汚れにきわめて弱い。少しでも油が付着すると撥水機能が死ぬため、こまめに洗濯し、必ず乾燥機で熱処理することが義務同然になっている。昔のウェアは洗わなくても気合でどうにかなったが、今のウェアは洗わないと性能が出ない精密機器へ変わってしまったのだ。
2. フリースの消失:デッドエアからスケルトンへ
かつての王者は、パタゴニアのR2に代表されるハイロフトフリースだった。長い毛足で大量の空気(デッドエア)を閉じ込め、圧倒的な保温力と、毛布にくるまれるような安心感を生み出す。止まっている時に暖かいことが正義だった。
現在はアクティブ・インサレーション(動的保温)の全盛期だ。Alpha DirectやOctaといった素材は、裏地を排し、繊維がむき出しになったスカスカの構造をしている。風が抜けるから行動中は熱がこもらず、シェルの下に着れば魔法のように暖かい。だが、その見た目はまるで魚の骨、あるいは抜け殻だ。R2が放っていたあの重厚な毛並みを纏う高揚感は、効率という名の刃物できれいに切り取られてしまった。
3. ロバスト性はどこへ消えたのか?
バックパックにも同じことが言える。自分が愛するmacpacのWeka 24は、重量1kgを超えるアズテック(キャンバス生地)製だ。十年経ってもびくともしない。一方で現代の主流は、鉄の15倍の強度を持つとされるダイニーマ(DCF)やUltra素材。30Lで数百グラムという驚異的な軽さを達成している。
足元に目を向けると、重厚な革靴からAltraやHOKAのようなトレランシューズへ、しかも非防水(メッシュ)を履いて濡らしながら歩くスタイルが当たり前になった。
システムとしての正解。ライト&ファストの極致。それは間違いなく正しいのだが、どこか儚い。
十年前のギアには、使い手が汚しても、雑に扱っても、それを黙って受け止めてくれるロバスト性(頑強さ)があった。現代のギアは、環境にも身体にも優しい。しかしその高性能を維持するために、使い手に繊細な扱いと丁寧なメンテナンスを要求してくる。
道具にロマンは残っているか?
性能が向上するほど、道具との格闘は消えていく。かつて僕らは、重いWekaを担ぎ、分厚いR2を着て、多少の蒸れに耐えながら自然と対峙している感覚を味わっていた。あの不便さの残り香こそが、ロマンの正体だったのかもしれない。
最新のギアは素晴らしい。世界一周にどちらを持っていくかと問われれば、理屈は最新を選べと告げるだろう。しかし、クローゼットの奥から旧い重い盾を引っ張り出すとき、そこには一生ものの魂が宿っているように感じる。
今のギアに覚えるロマンの欠如。それは自分が歳をとったせいなのか。それとも、道具が人生を共にする相棒から使い捨てのデバイスに近づいてしまったからなのか。
2026年の冷え込むスキー場で、最新鋭のウェアに囲まれながら、今日も十五年もののR2ジャケットのジッパーを引き上げる。効率やスペックだけでは測れないこの温もりが、自分の旅にはまだ、どうしても欠かせないのだ。
